ランチェスター戦略とは、もともとは戦時下に用いられた軍事理論でした。

軍隊の戦闘力は武器効率と兵力数で決まる

―第一次世界大戦のさなかイギリスのエンジニア、フレデリック・ランチェスター氏が提唱したこの「戦闘の法則」が、戦後、田岡信夫氏によってビジネス戦略思想として体系づけられ、日本で独自に発展したものです。

戦闘力を企業の営業力に置き換えると、武器効率はさしづめ商品力など「質的経営資源」、兵力数はいわば販売力など「量的経営資源」といったところでしょうか。まとめると、企業の営業力=質的経営資源×量的経営資源という方程式になります。

ランチェスター戦略は市場シェアが根本の判断基準になっています。シェア1位の企業が「強者」、2位以下はすべて「弱者」です。強者/弱者を定義づけ、強者には強者の/弱者には弱者の戦い方を説く、これこそがランチェスター戦略の指導原理です。

したがって、ランチェスター戦略を実践するには、まずは自社の市場シェアを正しく把握することから始めます。逆を言えば、市場シェアを把握しないことには何も始まりません。

(もし我が社が強者/弱者のどちらなのか迷った場合は、「弱者」の方を選ぶようにしてください) 

それでは、強者と弱者、それぞれの戦い方を一緒に学んでいきましょう。

目次




1. 3分でわかるランチェスター戦略の基本

どうすれば企業は生き残れるのか。

――この問いに対する、ランチェスター戦略の答えは単純すぎるほど明快。

1番になること、それもダントツの」。これに尽きます。

プロローグ(序文)で市場シェアの話をしましたが、ランチェスター戦略においてはただのシェアNo.1に甘んじるのではなく、2位と圧倒的な差をつけての“ぶっちぎり1位”を目指すことが重要です。2位との射程距離は約1.7倍が標準とされ、2社間競合や客内の単品シェアのような場合は3倍以上必要と言われています。

ナンバーワンになるメリットはたくさんあります。仕入れや製造を効率的に行なえる「スケールメリット」や低価格競争に巻き込まれない「価格主導権」、そして「バンドエイド」「サランラップ」のように商品名がそのままカテゴリーの総称のように使われる「代名詞効果」といった効果が得られます。これらの効果は企業経営に好循環をもたらし、持続的な繁栄につながることは疑いようがありません。

では、ナンバーワンになるにはどうすれば良いか。

第1章では、圧倒的強者になるためにするべきことをご紹介します。ナンバーワン主義はランチェスター戦略のいわば「結論」ですから、この方法論を知ることはすなわちランチェスター戦略の基本を知ることとイコールです。所要時間は3分、ぜひご一読ください。

一点集中主義 

弱者にとって、圧倒的1位になるのは夢のまた夢だと思われるかもしれません。確かに、全体で勝つのは困難です。しかしながら「一部分で勝つ」ということならば可能性があるのではないでしょうか。

特定の地域、販売経路、客層、顧客、商品…戦う土俵を細分化すれば、勝ち目のある分野があるかもしれません。そこを探し、狙うのが弱者のナンバーワンづくりであり、これを「一点集中主義」と言います。

そしてこの一点集中主義のゴールは、狙った領域において、競合の中で最も量的な優位を築くことです。

差別化戦略

差別化と言っても、ただ単に変わったことをやれば良いということではありません。差別化の真髄は、「質において競合よりも上回ること」にあります。

たとえば、社員食堂でも有名なタニタ。同社はかつてライターや電磁調理器も製造するメーカーでしたが、徐々にヘルスメーター製造専業にシフトし、最終的に売上高世界一になりました。

これぞ弱者によるナンバーワン主義の成功事例です。タニタにとっての一点集中は「事業の絞り込み」であり、差別化は「体脂肪率を測定できる体脂肪計の開発」です。

「足下の敵」攻撃の原則 

ここまでは弱者の話でしたが、すでにシェアNo.1の強者が「圧倒的強者」になるにはどうすれば良いのでしょうか。

その場合は1ランク下、つまり2位を叩きます。この、通称「足下の敵(そっかのてき)」攻撃で2位からシェアを奪い取れば自社のシェアはよりアップし、2位はダウン。2社間の差をより開くことができます。なお、このように下位企業と張り合うことを「ミート戦略(同質化競争)」とも呼びます。

2. ランチェスター戦略の実践方法 

ランチェスター戦略とは、「市場シェアにより定義された競争地位別の戦い方」であることはこれまでに述べてきた通りです。それではいよいよ、弱者と強者、それぞれの戦い方の具体的な方法について紹介していきます。

弱者(中小企業)の実践方法

弱者あるいは中小企業がランチェスター戦略を実践するにあたり、取り入れるべき考え方や言葉について説明します。

一点集中主義

量的な経営資源(社員数や販売スタッフ数、製造現場のライン数、売り場面積など)を注ぎ込み、競合より量的に抜きんでること。

局地戦

営業地域やビジネス領域を限定し戦うこと。営業地域で言えば、強者が比較的手薄になっている盆地や島、デルタ地域、県境などの不便な地域が狙い目と言われており、ビジネス領域で言えばニッチ市場を指します。

接近戦

顧客との心の距離を縮めた戦いのこと。卸売業者をはじめとする販売会社の人に販売を任せきりにしたりせず、あくまでも直販を重視し、自ら顧客との友好な関係性を築き売り切る力を鍛えます。営業力や接客力での勝負とも言えます。

一騎打ち戦

弱者にとっての競争は、競合数が少ないところ、できれば2社間競争が望ましいと言われています。1社独占の市場か2位が弱い領域であれば一騎打ちで戦えます。

陽動戦

弱者の戦い方の基本はゲリラ的奇襲戦法。隠密(ステルス)的に動き、敵の判断を惑わせたり誤らせることで勝つ作戦です。

 強者(大手企業)の実践方法 

続いて、強者あるいは大手企業の取るべき戦術について説明します。

総合主義

総合力で勝つこと。豊富な物量で競合を圧倒する物量戦や、グループの総合力で戦う総合戦などは、強者ならではの戦い方です。

広域戦

地域や領域を限定せずに拡大していくこと。市場規模が大きい大都市は言うまでもなく、県庁所在地や城下町などその地域全体の代表的な地域を重視します。また領域で言えば、市場を細分化しないマスマーケットとして捉えます。

遠隔戦

広告宣伝や販売促進などのプロモーションやインターネットなどを利用した情報発信により、弱者が顧客に接近する前に勝敗をつける戦い方のことを言います。

確率戦

競合数の多い競争を重視し、堂々と新規開拓をすること。たとえば「フルラインの品揃え」や「自社系列内競合」など、弱者のつけ入る隙をなくすために自社の兵力を重複化させることもあります。

誘導戦

先手必勝のおびき出し作戦。たとえば価格競争に代表されるように、強者が先んじて何か戦略を打つと弱者も真似をして追随してきます(しかし実際、弱者の“強者後追い”は、強者にまず太刀打ちできません)。これにより、強者は弱者の戦略を封じ込めつつも需要を活性化することができます。

3.ランチェスター戦略で成功をつかんだ企業の実例

理論について学んだ後は、企業の実例に触れて理解を深めましょう。 

1|セブンイレブンの【一点集中主義】

セブンイレブンと言えば、コンビニエンス業界で圧倒的なシェアを誇るナンバーワン企業。弱者なハズはないと誰もが思うかもしれませんが、実は数年前までは、1位どころか出店すらしていないエリアもありました。

そんなセブンイレブンが1996年、大阪に初進出するにあたって実践したのが「ドミナント戦略」。特定地域内に高密度集中で出店を続ける方法です。大阪と言えば当時はローソンの地盤。地域内シェアをひっくり返すことは非常に困難かと思われましたが、300店舗を超えたあたりから集客力が急激に伸び始めました。

おそらく、短期集中型の出店攻勢に、地域住民の間で「ここにも店が、あそこにも店が」と認知度が高まったと同時に、「セブンイレブン=馴染みがない」といった心理的距離がなくなったことが要因かと思います。

その後、セブンイレブンは関西地域でも1店舗あたり平均日販でトップに立つに至りました。まさにこの時のドミナント戦略こそが、セブンイレブンの【一点集中主義】であったと言えるでしょう。

2|トリンプの【差別化戦略】と【接近戦】

婦人下着メーカーのトリンプは、国内婦人下着市場首位のワコールに次ぐ2位。「天使のブラ」「恋するブラ」といったネーミングのユニークさで差別化をしてきました。

また商品以外にも、「早朝会議」「ノー残業デー」といったマネジメント手法がメディアでたびたび取り上げられていました。当時、同社のマスコミ露出量は広告費換算すると27億円にも上るほどだったとも言われています。これも、強者と差別化したプロモーション活動の一環でした。

そしてトリンプの特筆すべきもう一つの弱者戦略に、接近戦があります。婦人下着といえば一対一の対面で販売する商品であり、販売員の能力が大きな決め手になります。トリンプにはその接客技術を競うコンクールで一位になった販売員がおり、質的な経営資源において競合を上回った事例であると言えるでしょう。

3|トヨタの【ミート】と【確率戦】

トヨタ「プリウス」VSホンダ「インサイト」、いわゆる「PI戦争」について紹介します。

2009年2月、ホンダはハイブリッド型エコカー、インサイトを189万円で発売。これが爆発的に売れたことに危機感を覚えたトヨタは、3か月後の2009年5月、旧型よりも燃費性能・排気量を上げた新型プリウスを205万円で発売しました。

旧型プリウスが233万円であったことを考えると、かなりの値ごろ感です。これは強者であるトヨタが下位企業であるホンダに対し価格でミートした事例です。

さらにトヨタがやったことは、新型プリウスを全ディーラーで発売した点です。それまでトヨタは、ディーラーをトヨタ、トヨペット、カローラ、ネッツの4系統に分け、取り扱い車種も分けることでいわゆる共食いを避けてきたのですが、それも解禁。さらに翌6月には、発売を中止していた旧型プリウスの再発売もスタートさせました。しかも、インサイトと同額の189万円で。

トヨタのこの販売戦略は、販売チャネルはおろか、製品間でさえも共食いが起こることを覚悟の上で行なったものだと言われています。

なぜそこまでしたのか。

それは、インサイトのつけ入る隙をなくすためだと思われます。

そしてこの確率戦の結果、プリウスは2009年、新車販売台数国内1位の20万台超を販売するに至りました。

4|バーガーキングの【陽動戦】失敗事例 

最後に「うまくいかなかった」事例もご紹介します。

ハンバーガーショップというマーケットにおいて、マクドナルドは国内市場の実に7割強を占める圧倒的強者。そのような寡占市場に、アメリカから2007年6月、全米シェア2位のバーガーキングが上陸した時の話です。

バーガーキングといえば、大きなバンズに包まれたいわゆるデカ盛りバーガー「ワッパー」が売りのひとつ。その売りをマクドナルドが脅威と察したのか、マクドナルドはバーガーキング上陸の半年前に「メガマック」なるデカ盛り商品を投入しました。

これぞまさに、競合との差別化ポイントを封じ込めるためのマクドナルドのミート戦略だと言えます。そして皮肉にも、次なる差別化としてバーガーキングが打ち出した「テリヤキワッパー」の発売日、マクドナルドは「メガてりやき」なるものを市場に投入しました。

いずれも、バーガーキングの手の内をマクドナルドは知っていたかのようです。

弱者の戦略の一つである「陽動戦」。隠密(ステルス)的に動き、敵の判断を惑わせたり誤らせることで勝つ作戦が充分に練られていなかったことを示すエピソードです。

4.ランチェスター戦略を知る上でおすすめの本 

ランチェスター戦略「弱者逆転」の法則|著・福永 雅文

NPOランチェスター協会の常務理事兼研修部長を務める著者によるランチェスター戦略入門書。56の事例と57の図解でわかりやすく解説してくれます。

「営業」で勝つ!ランチェスター戦略|著・福永 雅文

2部構成になっていて、第1部ではランチェスター戦略の原理原則を体系的に、第2部では営業戦略の作り方を実務的に解説してくれます。最新の実例を交えて紹介してくれるので、しっかり読み込めば「理屈はわかっても営業現場では使えない」ということはきっとないはず。営業パーソンや営業マネージャー必読の書。

小さな会社・儲けのルール―ランチェスター経営7つの成功戦略|著・竹田 陽一 

これから独立を考える人や創業間もない会社、あるいは経営を見直したい従業員30人以下の会社の経営者向けに、弱者に必要なノウハウを網羅的に解説。事例も約30社分実名で挙げられていますが、いわゆる有名企業のそれはなく無名な中小企業のみ。自分事にあてはめて考えやすい、「使える」ケーススタディが詰まっています。

ホームページなら小が大に勝てる! 儲かる会社 ランチェスター戦略|著・水上 浩一

Webを使った販売戦略にランチェスター戦略を投影したらどうなるか、を解説した1冊。ランチェスター戦略はどのような分野においても有効であることを解明する一冊です。Webの分野で活躍する上でも、理解しているといないとではパフォーマンスに差が出るでしょう。ホームページ制作に関わる人はもちろん、Webマーケティングについて学びたい人に特におすすめです。

5. まとめ

ランチェスター戦略について「これだけは押さえておきたい」基本的な原則を、実例を交えつつ説明させていただきました。聞き慣れない言葉が多く、難しく感じるかもしれませんが、原理原則はいたってシンプル。

「集中化×差別化=一番化」を目指すということです。

勝てる一点を見つけ、そこに集中し、差別化する。そうすればダントツのナンバーワンになれる。たったこれだけです。

具体的な戦略もご紹介しました。あとは自分の実務場面に置き換えて実践するのみです。くれぐれも、誤った判断のもと、自社は強者であると思い込まないように。弱者は弱者ならではの戦略を日々行なっていきましょう。その努力が実を結ぶことを願っています。