僕が1年かけてたどり着いた稼ぐことへの答え
あなたが稼ぐことを意識したときに、もしかしたら
「稼ぐことはいいことなのか?」
「もしかしたら人を騙すことになるんじゃないか」
真剣に考えれば考えるほど、
そんな風に思うかもしれない。
それは、
おそらくあなたが社会人生活しているなかで、
無意識に感じ取っている”何か”かもしれないし、
風説からなのかもしれない。
僕は、こう考えていた。
「もっといい選択を知っているのに、
自社商品を売らなければいけないのがサラリーマンだ」
この葛藤に苦しみ、サラリーマンができなかった。
世の中はこんなことだらけだが、
生命保険を例にとって話をすすめたいと思う。
目次
生命保険という稼げる胡散臭い商品
無意識に、大人になったから生命保険に入っている。
そんな日本人は山ほどいる。
現に、自分が加入している保険内容を1〜10まで事細かく話せる人が
どのくらいいるだろうか。
生命保険は割に合わない商品だ。
例えば、
10000円の参加費で1/2の確率で20000円がもらえるゲームがあるとする。
あなたは参加するだろうか?
この場合、期待値は10000
参加費1に対して結果1だ。
これは、参加してもしなくても同じだから、参加するメリットはない。
では
10000円の参加費で1/2の確率で30000円がもらえるゲームがあるとする。
この場合あなたは参加するだろうか?
お金持ちになりたい場合、100%参加しなければいけない。
なぜなら、1/2の確率で3倍の利益を得ることができるからだ。
3÷1/2=1.5
期待値は15000
参加費1に対して結果1.5であるから、これは参加するとお金が増える。
ということはやったほうが良いわけだ。
ここまでは当然の話だろう。
生命保険は参加費1に対して結果0.5以下のゲーム
ここで生命保険の話に戻す。
生命保険は参加費1に対して結果0.5以下のゲームである。
生命保険の営業担当もマーケッターも
バカみたいに将来への不安を煽る。
- もし死んだら、、
- あなたの家族への責任は、、
- 弊社の生命保険に入っていれば安心
しかし、生命保険に参加した時点で掛け金は0.5以下になる。
それは、生命保険会社の経費が50%以上だと言われているからだ。
経費というのは、人件費や広告費など全てのお金と考えよう。
生命保険会社の給料って知ってる?
例えば、日本生命を例にとってみよう。
従業員69620人
- 平均年収652万円(有価証券報告書より)
- 年収最大値の50〜54歳の平均年収782.4万円
- 総合職の平均年収912.8万円
さて、これらの年収が払われるもとのお金となっているものは
何だろうか?
いうまでもなく、保険金という売上である。
要は、生命保険に加入した時点で掛け金の50%はすでに彼らの給与として(もちろんそれだけではないが)
考えられて計算されるということだ。
1000万円預けて、500万円しか返ってこないゲームに参加しているのと同じである。
要は経費を差し引いた50%のうちから、会社が損しないように入念に計算をして
そこから利益が残るようにして、保険金を払ってもいいレベルに落とし込んでいるということである。
簡単に言うと、参加者が莫大な損をする仕組みだということだ。
ちなみに、競馬や競輪などのギャンブルの参加費と結果に対する割合は75%
1000円掛けたら、その時点で750円になっている計算だ。
ギャンブルよりもさらにリターンが低いものに、
ギャンブル嫌いな人もたくさん加入している。
いびつな状態であることは間違いない。
顧客が損をしている。それでも勝ち組と言われる現状
それでいても、日本生命に入社できれば
サラリーマン人生としては勝ち組と言われるだろう。
(別に日本生命について言いたいわけではない。
たまたま調べたら出てきただけで、全ての保険会社で一緒だ。
※ライフネット生命のようなオンライン生命保険会社で経費率25%ということである)
また、
日本生命で英雄になりたければ、
このいびつな商品を顧客に売りまくらなければいけない。
NO.1の売上をあげれば、表彰もされて安泰だろう。
顧客の損など関係ないのだ。
きっと優秀な人は、この仕組みに気づいているに違いない。
でなければ、ただのバカだ。
気づいていながらにして、
売りまくる。
さて、倫理の善悪はどこにいったのだろう?
資本主義に倫理は存在するのか?
ということで、僕は生命保険にむやみやたらに加入するということはしないが、
これらの例から、稼ぐことはいけないことだと言えるのだろうか?
稼ぐことは人を騙すことだというのだろうか?
それはそれで短絡的だ。
稼ぐことが悪になるのであれば、それは資本主義の批判になりかねない。
資本主義の批判をした瞬間に、稼ぐことに意味を見出せなくなる。
事業を行っていく意味を喪失してしまうのだ。
しかし、ここに対して、資本主義が世界中で選択されてる状況があり、
今のところは、資本主義であることがもっとも安定した世界を保っているのも事実だ。
発展途上国を思うとわかりやすい。
資本主義がなければ、生活インフラは整わず、馬鹿げているくらい高い金額を設定され、
独裁になり、社会は発展していかない。
具体的な話をすると長くなるので、今回は割愛するが、
資本主義の崩壊は、国家の崩壊である。
ということは、資本主義がもたらす恩恵が莫大であることもまた事実だ。
結局のところ、資本主義と市場の見えざる手によって
最適化されたところが、現時点における市場ということだ。
そこに崇高な理念や善としての倫理は存在しない。
稼ぐことは、いいことでも悪いことでもないということが
結論ということになる。
しかし、資本主義において稼ぐことをしなければ、
個人の、国家の、世界の発展にならないのだから、
現時点においては、
稼ぎの最大値を目指すのが、合理的判断ということになる。
賢い人は、
この合理的判断を元に行動しているはずだ。
でなければ、判断基準を見失ってしまう。
なぜなら、自分が良いと思うものが、世界にとって良いとは限らないからだ。
市場に良い悪いはない。売れるものが売れる。ただ、それだけ
市場に良い悪いはない。
それは、時間をかけて市場が判断していくことだ。
生命保険が衰退するのであれば、それは市場がおかしいと悟ったときであるし、
もし今後も発展していくのであれば、人は生命保険を
部の悪い商品でもなんとなく喜んで買うということだ。
部が悪いのに買うのであれば、もう僕にはこれを止める資格はない。
これが、僕がたどり着いた、稼ぐことへの答えである。
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