バブル崩壊以降、企業が右肩あがりの成長を描くのは容易なことではなくなりました。

中国をはじめとするアジア諸国の台頭により、世界レベルで企業間の競争が激化している今、日本企業は超大手と言われるような企業さえ元気がありません。

それは大量生産・大量販売のビジネスモデルが成立していた過去のやり方を引きずっている企業が多いからではないでしょうか。経済が成長していた当時の日本は、個々の企業に戦略がなくても、とにかく大量に生産し、大量に販売すれば、儲けが出た時代だったといえます。しかし、生産や販売がグローバル化した今、戦略があいまいな企業は生き残れない時代になりました。

グローバル社会の今こそ、企業として成長を続けるには「戦略」が欠かせません。

とはいえ、経営戦略について改めて勉強するとなると、その膨大な文献の量に圧倒され、何から手をつければいいかわからない方も多いのではないでしょうか。そこで今回はシンプルな経営戦略の考え方について紹介していきたいと思います。

経営戦略の本質や代表的な理論はもちろん、実践的な経営戦略のやり方や成功事例なども紹介。わかりやすくかつシンプルにまとめましたので、すぐに実践していただける内容になっているはずです。

目次




1.経営戦略とは?

ではまず、そもそも経営戦略とは何なのかをひも解いていきたいと思います。具体的な考え方を知る前に経営戦略を深く理解することで、右肩上がりの戦略を描く近道となるはずです。ここでは定義に加え、経営戦略理論の提唱者として有名な経営学者が説いている基本戦略について、紹介します。 

経営戦略の定義

「組織の中長期的な方針や計画のこと」であるのは間違いないのですが、非常にさまざまな使われ方をしています。

特に日本において多いのは、戦略と言いながら戦術の話に終始しているという誤解です。戦略はあくまで目的や方向性であり、シンプルにいえば「企業として何を強みにして戦うのか」ということ。しかし、そのゴールを決める前に「売上をあげるための手段や方法、オペレーション」を考え始めてしまい、うまくいかないというケースが少なくないそうです。

経営戦略とは「企業として何を強みにして戦うのかという進むべき道を決めること」だと念頭に置いて以降の記事を読み進めていっていただければと思います。

企業の強みの見極め方

「強み」とは競合企業よりも勝っている何かであるのは明白でしょう。しかし、忘れがちなのは「顧客」という視点。顧客にとって価値があるものでなければ、強みとはいえません。

たとえば、10人乗りの自転車を開発したしても、競合にはない独自性のある商品であることは間違いありませんが、ニーズはほとんどないといえるでしょう。つまり「強み」とは、顧客にとって価値があり、競合にはない自社独自の何かと定義できます。

では具体的な「強み」とは何が考えられるでしょうか。

マーケティング用語でいう4Pは「強み」としてわかりやすいでしょう。製品(Product)・価格(Price)・販売促進(Promotion)・販売ルート(Place)の4つです。たとえば、マクドナルドや吉野家などは低価格であること、つまり価格(Price)が最大の強みといえます。

つまりは、「“自社のどの強みを活かして競合と差別化し、顧客にどのような価値を提供するか”という方向性を定めること」こそが経営戦略であるといえます。顧客に価値を提供することが事業経営の目的であるという考えを持つとわかりやすいかもしれません。利益はあくまで結果であり、経営のゴールではないといえます。

2.基本戦略 

経営戦略理論の提唱者として最も有名な1人が、ハーバード大学経営大学院教授も務めるマイケル・ポーター氏でしょう。そんな彼の著書の中でも名著と謳われている『競争の戦略』で語られているのが、3つの基本戦略です。

※ポーター氏の理論で最も有名なのはファイブ・フォース分析(ポジショニング理論)ですが、これは業界内の競争がメインテーマとなっているため、よりシンプルな経営戦略の考え方を伝える今回の記事では割愛させていただきます。

ポーター氏は「企業の基本戦略は突き詰めると3つしかない」と言っています。これが「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」の3つです。

コストリーダーシップ戦略とは名前の通り、業界全体を対象にして、低コストを最大の武器として業界の主導権を握る戦略のことです。マクドナルドやニトリなどがそれにあたります。

次に差別化戦略についてですが、これは業界全体を対象にして、他の企業が持たない特徴を活かし、業界内で特異な地位を占めるという戦略です。ファストフード店にしては高価なモスバーガーや、北欧インテリアという独自の地位で大人気のIKEAなどが当てはまります。

最後に集中戦略についてです。これは特定の地域や特定の消費者など、特定のセグメントに資源を集中した上で、コストリーダーシップか差別化を推進する戦略です。たとえば、安くヘアカットをしたいという消費者に絞って大成功した1000円カットのお店、若い女性向けの低価格品に集中して人気店となったフォーエバー21が当てはまります。

このようにポーター氏が提唱する3つの基本戦略は非常にシンプルです。その分、自社の経営戦略立案や業界分析などに広く応用しやすいのではないでしょうか。

3. シンプルな 成長戦略の考え方~3ステップ~ 

成長を実現できる経営戦略の立案方法を実践的にご紹介していきたいと思います。代表的なフレームワークを使った方法ですので、普遍的に使える内容です。ぜひ自社についてイメージしながら読み進めていってほしいと思います。

3C分析を活用して、経営戦略のベースを作る 

3C分析とは何かご存知でしょうか?

「Customer(顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)の3つの観点から経営戦略を考えましょう」という戦略フレームワークです。

非常にシンプルですよね。とはいえ、この3つに自社のことを当てはめていくだけでは経営戦略は完成しません。3C分析をどのように活用すれば良いのかをご紹介していきましょう。

この3つは互いに影響し合って存在しています。自社が狙うべき顧客が決まれば、どこと競合するのかが自ずと決まり、その競合企業にどう勝っていくかという方向性が決まります。それが、経営戦略立案です。

ではまず顧客について考えていきましょう。

まず顧客は、あなたの企業と競合企業を比較して、「商品を購入するか」「サービスを利用するか」を決めるということを念頭に置きましょう。その上で、顧客はあなたの企業や競合企業にどんな価値を提供してくれることを求めているのかを考えてみてください。どんな視点や基準で、あなたの企業と競合企業を比べているのかを考えると言い換えてもいいかもしれません。

具体的に顧客を想定できたでしょうか? もちろん、顧客層は1つでなくても構いません。

次に、あなたの企業はどのような強みを活かして、その顧客に価値を提供できるでしょうか。商品の圧倒的な質の高さでしょうか、それとも安さでしょうか。具体的に考えてみてください。その強みが見えてきたら、それは競合企業にはない強みかどうか、本当に顧客がそれを求めているかどうかというチェックが必要です。

たとえば、マクドナルドで考えてみましょう。

マクドナルドが顧客に提供できる強みは言うまでもなく安さです。そのため、放課後の女子高生が顧客なら、ミスタードーナツやスタバ、ファミレスなどが競合企業になるでしょう。できるだけ昼食代をかけたくないビジネスパーソンが顧客なら、吉野家やコンビニが競合企業になります。デフレが続いていた2000年ごろに「平日半額」という戦術に打って出たのも、ビジネスパーソンをターゲットにした経営戦略の一環だったのではないでしょうか。このように顧客によって競合は変わり、戦略も戦術も変わります。

3C分析を通じて、狙うべき顧客層とその顧客層に対してどんな価値(強み)を自社が提供できるのかが見えてきたのではないでしょうか。

最初の項目で「自社のどの強みを活かして競合と差別化し、顧客にどのような価値を提供するかという方向性を定めること」が経営戦略の本質であるとお伝えしましたが、ここまできたら方向性が見えたも同然です。次の項目でより具体的な戦略にしていきましょう。

戦略BASiCSを活用して、より具体的な戦略にする

3C分析から派生した経営戦略のフレームワークに戦略BASiCSというものがあります。米国でMBAを取得した経営コンサルタントである佐藤義典氏が提唱しているもので、3C分析を補完しているフレームワークといっていいでしょう。

  • 競合 (Battlefield)
  • 自社の独自資源(Asset)
  • 自社の差別化(Strength)
  • 顧客 (Customer)
  • メッセージ (Selling Message)

以上の頭文字をとった(iは語呂合わせだそうです)フレームワークです。競合と自社の差別化、顧客に関しては前の項目で考えました。

より具体的な経営戦略を作る上で、今回は自社の独自資源とメッセージについて考えていきましょう。

まず、自社の独自資源についてです。独自資源とは、独自の技術やノウハウ、高度な生産設備、独自の調達網、他社を圧倒する資金力などを指します。それによって高い品質やスピード、効率、低価格などが実現可能です。

この独自資源の有無によって、長期的に差別化を実現できるか否かが決まります。たとえば、低価格戦略を打ち出したとしても、低価格を実現するための生産設備や仕入れルートなどの独自資源がなければ、短期的な値下げは可能でも、長期的に低価格路線を続けることは不可能です。独自資源がないのに、値下げを続けては、経営が傾いてしまいます。非常にシンプルな話です。

そのため、前の項目で考えた自社の強み(差別化)を長期的に実現できるだけの独自資源があるかどうかをしっかりとチェックしましょう。もしなければ、その経営戦略は正解とはいえません。つまり成長を実現する戦略ではないということです。早急に見直しましょう。

次にメッセージについてです。どんなに優れた戦略を考えたとしても、顧客にその戦略が伝わらなければ売れません。そのため、その戦略を伝えるための術を持っているのかをチェックしましょう。平たく言うと、想定している顧客にメッセージを届ける広告媒体はあるかということです。テレビや雑誌などのメディアだけでなく、SNSはもちろん、営業ネットワークなども広告媒体といえるでしょう。

さらに自社がそのようなメッセージを発信した場合、顧客は受け入れるのか?というチェックも必要です。たとえば、マクドナルドが1つ3000円もする高級ハンバーガーを販売したとしても、低価格を求めているマクドナルドの顧客はおそらく受け入れないでしょう。

独自資源とメッセージについてご理解いただけたでしょうか。

再度マクドナルドで例えてみましょう。数年前、マクドナルドが若い女性向けに、バリスタがいれたスペシャルな味わいのコーヒーを味わえる『マックカフェバイバリスタ』という新業態をオープンさせました。これはスタバをはじめとした多店舗展開型のカフェを競合として想定し、仕掛けたものだと思われますが、これは独自資源もメッセージも揃っている好例でしょう。

独自資源はまず「若い女性が集まる立地に店舗がある、もしくは開設できる力がある」「店舗運営の独自ノウハウがある」といったことが挙げられます。メッセージに関しては言わずもがなかもしれませんが、『マックカフェバイバリスタ』のオープン前からテレビや交通広告などで積極的に広告展開をしていました。結果、現在では全国に約100店舗を展開するまでに成長。スタバなどのカフェに比べ、安価で本格的なコーヒーが楽しめるとあり、若い女性はもちろん、ビジネスパーソンなどにも広く支持されているそうです。

ではここまでをまとめてみましょう。
3C分析を活用して決めた経営戦略のベースを、独自資源とメッセージという観点からチェックしてみてください。独自資源によって自社の強み(差別化)が長期的に実現でき、かつ顧客に経営戦略を伝える術があるかどうかです。

ここまでで問題なければ、ゴールはあと少し。最後に自社や顧客、競合からさらに外に目を向けて考えてみましょう。

SWOT分析で経営戦略を仕上げる 

次に経営戦略の代表的なフレームワークであるSWOT分析を活用していきましょう。

SWOTとは、企業の強み(Strength)・弱み(Weakness)・機会(Opportunity)・脅威(Threat)の頭文字をとったものです。強みと弱みはそのままの意味ですが、機会とは「うまく活用すればチャンスになり得る外部環境の変化」のことを指し、脅威とは「そのまま放置すると業績悪化を招きかねない外部環境の変化」のことを指します。

「これらの4つを分析しながら、経営戦略を考えましょう」というのがSWOT分析の理論。当たり前のことのように聞こえるかもしれませんが、この理論は経営戦略立案の仕上げに非常に有効です。

これまで「強み(他社との差別化)」を考える際、当然、競合などの外部環境については深く考えてきたと思いますが、ここでいう外部環境とは政治・経済、技術革新、人口動態、国際情勢、ライフスタイル、人々の価値観などの変化についてです。予測不可能なことに関しては仕方ありませんが、たとえば超高齢化社会の到来であったり、ロボット技術の進化であったりは近い将来現実となるでしょう。そうした外部環境の変化にも耐えられるだけの経営戦略、もしくはそうした外部環境の変化をチャンスにした経営戦略になっているかをチェックしてみてください。

いかがでしたでしょうか。以上が成長を実現する経営戦略の考え方です。自社に当てはめてもう一度振り返ってみていただければ幸いです。

4.成功例

では実際に経営戦略を一新して、成長を遂げた企業の例をいくつかご紹介していきたいと思います。その考え方やアイデアから必ず学べる部分があるはずです。

両輪戦略でV字回復したUSJ

2014年にハリー・ポッターのアトラクションをオープンするなど、最近話題のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(通称:USJ)。新アトラクションやアニメとのコラボレーションイベントなどが奏功し、2014年の入場者数は開園史上最多の1270万人(前年比2割増)に上るなど快進撃を続けています。

しかし、そんなUSJも開園当初から好調続きだったわけではありません。むしろ低迷していたと言ってもいいでしょう。

2001年の開業当時1100万人を超えた入場者数は、翌年2002年には大きく落ち込んでしまいます。開業から1年という短い期間に、パーク内の水飲み器から基準値を超える細菌が発見されたり、アトラクションに許可量を超える火薬を使用していたりと相次いで不祥事が発覚したことも追い打ちとなり、ますます状況は悪化します。

そうして一時は入場者数がほぼ半分になり、経営危機を迎えていたUSJ。しかし2011年からは徐々に入場者数が増え始め、今では冒頭でお伝えしたとおりの快進撃を続けるまでになりました。一体どのように危機を乗り越え、V字回復を果たしたのでしょうか?

それは経営戦略の一新です。

もともとUFJは、映画のテーマパークとして誕生しています。ジュラシック・パークやジョーズといった名作映画の世界を追体験できることが最大の魅力で、若い世代にはある程度の支持を獲得していました。しかし、このままでは入場者数は頭打ち。他のテーマパークが集客できていないような顧客層も取り込んでいかなければ、状況を打開できないと考えました。

そこで打ち出したのは、若い世代と子連れのファミリー層、それぞれのアトラクションを充実させていく「両輪戦略」。若い世代だけでなく、赤ちゃんから小中学生の子連れ層(両親や祖父母世代含む)までが安心して楽しめるテーマパークという“強み”をイチから作ろうという戦略に打って出ます。

とはいえ、当時のアトラクションはジュラシック・パークやジョーズなど子どもが怖がってしまうようなものが中心。そこで「映画」というコンセプトを打ち破った、全く新しい設備投資を決断します。

2012年、赤ちゃんから楽しめる「ユニバーサル・ワンダーランド」をオープン。セサミストリートやハローキティ、スヌーピーなどかわいいキャラクターが子どもたちを迎え入れる、これまでのUSJとは全く違った世界観の空間です。

もちろん、設備内容にも一工夫。子どもたちが遊ぶスペースには万が一転んでも大丈夫なように柔らかい素材を採用。さらに授乳室に加え、ベビーカーのままでも通行しやすいように緩やかなスロープを設置しました。この戦略により、親子連れの入場者は加速度的に増えたといいます。

また、もう少し上の世代のお子さんも楽しめるように、大人気アニメ「ワンピース」や「妖怪ウォッチ」「進撃の巨人」、さらには大ヒットゲーム「モンスターハンター」とコラボしたイベントも開催。数年前からは大規模なハロウィンイベントも開催しており、幅広い年齢層の顧客から好評を得ています。これらのイベントは子どもと一緒に大人も楽しめるというのがポイント。このことから、「子どもに付き合って来るテーマパーク」ではなく「大人が積極的に行きたいテーマパーク」としてさらに支持を広げたといえるでしょう。

こうしてUSJは、アトラクション好きの若い世代だけでなく、ファミリー層というリピーターを獲得。幅広い年齢層が楽しめるテーマパークへと変貌を遂げました。そして今のUSJがあるといえます。

地方の家具店だったニトリを上場企業にまで成長させた差別化戦略

家具の小売業大手で東証一部上場企業であるニトリは、国内外に200店舗以上を運営する誰もが知る大企業のうちのひとつといっていいでしょう。

そんな株式会社ニトリも、もとは北海道札幌市で生まれた「似鳥家具店」という小さな個人経営の家具屋さんでした。地方都市の小さな家具屋さんを、上場企業にまで成長させた戦略とは一体どんなものなのでしょうか。

まずはその歴史から振り返ってみましょう。

1967年に「似鳥家具店」として創業。しかし、創業からわずか5年で倒産の危機に追い込まれます。そんな時に社長がわらにもすがる想いで出かけたのが、アメリカへの視察旅行でした。そこで社長は、家具も含めた生活用品の安さに衝撃を受けたといいます。どの店でも日本の3分の1程度の価格で手に入り、品質も品ぞろえも良く、それぞれのライフスタイルに合わせた買い方ができる「豊かさ」がアメリカにはありました。

「日本人の生活はまだまだ豊かではない」と痛感した社長は「欧米並みの住生活を日本でも実現したい。アメリカは120年かけて豊かになった。日本はマネをすれば半分の60年で豊かになれる。だからうちの会社はまずその半分の30年で100店舗、売上1000億円を目指し、価格は今の2分の1にする」と決意します。そして本当にその目標をほぼ達成し、今では連結で年商4000億円を超えるまでの企業体になりました。

“欧米並みの住生活を日本でも実現する”という方向性を決めた社長が打ち出したのは差別化戦略。家具の業界では珍しく製造小売業(SPA)のノウハウを取り入れ、自社で「海外原材料の仕入→現地生産→輸入→店舗販売→商品配送」のほとんどを完結。家具の製造はもちろん、物流センターも自前で構え、本来なら商社の役割である船の手配まで自社で手がけており、製造小売のみならず、中間物流および配送まで自社で一貫して行なうことで、余計なコストをカットすることに成功しました。この独自の体制が、ニトリの差別化ポイントであり、安さのヒミツです。

とはいえ、この自社一貫体制も一朝一夕で作り上げられたものではありません。アメリカから帰国後すぐに赤字覚悟で卸売を開始し、物流センターも開設。1986年には海外品の輸入を開始、そして1987年には家具製造の企業に出資。社長が単身インドネシアやベトナムに行き、電話帳をめくりながら、製造の委託ができる工場を探しまわったこともあったそうです。こうして1994年にはインドネシアに自社工場を開設するまでに至ります。

もともとは家具の仕入れ・販売しか手がけていなかった家具店が、ここまで大きく舵を切ったのも“欧米並みの住生活を日本でも実現する”という目的に向かって進むという経営戦略があったからこそ。社長の英断が、小さな家具店を東証一部上場企業にまで成長させました。

最低シェアからトップに復活したアサヒビールのマーケットイン戦略 

もともと販売から間もなく市場シェアのトップブランドだったアサヒビール。しかし1984年には、年間出荷量で過去最低になり、シェアも10%以下に落ち込んでしまいました。ライバルのキリンビールは何と当時シェア約60%。第3位だったサッポロビールにも追い抜かれ、第4位のサントリーにも追い抜かれそうな状況。しかもサントリーの主力商品はもともとウィスキーですから、実質ビール業界では当時アサヒが最下位だったといっていいでしょう。

そんな危機的状況の中で、当時の社長が打ち出したのは「消費者の求める商品を提供する」というマーケットイン戦略。当たり前のことのように思うかもしれませんが、従来のビール業界は「作り手がイイと思ったものを作る」というプロダクトアウト型が常識でしたから、かなりの挑戦であったといえます。

まず「消費者はどんなビールを求めているのか」を知るため、長期間かけて東京・大阪で消費者志向調査を実施。そこで得られた結果は、意外なものだったといいます。本格派のビールの「重くて、苦い」という味よりも「口に含んだ時の味わいと喉ごしの爽快さ」「コクとキレ」を消費者は好んでいるという結果でした。

当時ちょうど食生活が肉を中心とした欧米型に切り替わってきており、アルコールでは飲み口の軽い酎ハイ、清涼飲料水ではポカリスエットといったあっさりとした飲み物が売れる傾向にありました。特に若者にはその傾向が強く、調査結果もそうした時代背景を反映したものでしょう。

そこでアサヒビールは、中高年の圧倒的な支持を得ている競合「キリンラガー」とは一線を画し、まだアルコールの好みが定まっていない若者にターゲットを絞り、商品開発を開始。「苦み」ではなく「辛口・キレ」を目標に何度も試作品が作られました。

さらにマーケットインの発想から、札幌から鹿児島まで日本縦断の100万人試飲キャンペーンも敢行。まさにコク・キレビールの顧客開拓です。

そして1987年、ついにアサヒスーパードライが誕生。しかし、ただ発売をするだけに留まらなかったのがアサヒビールのすごいところです。「新鮮」がコンセプトだったため、生産から3ヶ月以上経過した在庫ビールを店頭から回収するという前代未聞の決断をしました。その額は18億円相当に上ったといいますから、リスクを背負った大きな決断であったことは言うまでもありません。

さらに「辛口・キレ・鮮度」といったキーワードと共に広告を積極的に展開しました。大物芸能人を使った表現は避け、商品コンセプトを伝えることに集中してプロモーションを仕掛けたといいます。

競合は「あんなに軽いビールは売れない」と酷評したと言いますが、それに反して発売直後から大ヒット。わずか2年で、シェアは20%台まで回復。1998年にはキリンから首位の座を奪還するまでに至ります。

マーケットインの発想で「若者」にターゲットを絞り、ブランドを再建したといってもいいアサヒビール。このストーリーから学べるところがたくさんあります。

5.おすすめの本

ポーター教授『競争の戦略』入門|著・グローバルタスクフォース

本文内でもご紹介したマイケル・ポーター氏の経営戦略に関する名著「競争の戦略」を、できるだけ分かりやすく噛み砕いた1冊。「競争の戦略」は経営学を勉強していない人には難しく、「一度読もうとしたが挫折した」「読む必要性は感じているが、なかなか手が出ない」といった方も多いです。そんな方のためにポーター氏の主張を体系的にまとめた本。原著を読む前にガイドとして読んだという方もいます。

企業参謀 戦略的思考とは何か|著・大前研一

経営戦略立案の方法を、非常に丁寧に解説した名著です。70年代に書かれているにもかかわらず、その本質的な方法論は古さを感じさせないと評判。「戦術に走らず、常に本質を追うトレーニングにもなる」「経営に携わる人は必読の1冊」ととにかく多くの人に絶賛されています。

コア・コンピタンス経営 未来への競争戦略|著・ゲイリーハメル、C.K.プラハラード

日本では1990年代に発売され、ベストセラーとなったビジネス書。10年後の顧客や業界の姿をイメージし、自社ならではの「中核企業力(コア・コンピタンス)」を強化して、未来の市場で主導権を握る方法論が紹介されています。ソニーやコマツなど日本企業の例も多く紹介されており、読みやすさもバツグンです。約20年前の本なので例に古さは感じるでしょうが、不変的な理論は今でも十分に参考になります。過去の経営にとらわれることなく、強みへの一点集中による未来に向けた戦略をすべきだということが理解できるでしょう。

6.まとめ

経営戦略の基本、さらには経営戦略のシンプルな考え方についてご紹介してきました。

ゼネラル・エレクトリック社で最高研究責任者を務め、伝説の経営者と呼ばれるジャック・ウェルチは「ビジネスは簡単だ。それをむずかしく考えようとする人は、 何をやってもモノにならない」と語っています。また経営学の巨人ドラッカーは「戦略計画とは“われわれの事業は何か”という問いへの答えとしての行動である」と語ります。単純な思考の中に答えはある。彼らのように、できるだけシンプルな思考を心がけると何か光が見えてくるかもしれません。

今、成長のために有効な戦略を立てなくてはと悩んでいる方に、少しでも役に立つ記事になっていたら幸いです。